ジェリー・ケリー「優勝」までの道程

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1996年にプロ入りして以来200試合参戦にしてやっと手に入れた「優勝」。
ウィスコンシン出身の35歳は若い頃「ホッケー」の選手だった。

■ジェリー・ケリー

「ウィスコンシンには四季がちゃんとあるんだ。ゴルフシーズンとホッケーシーズンは同じ位。だから両方とも好きになったんだ。若い頃はホッケーに夢中だったけど、やはり春や夏はゴルフコースの方が気持ち良いからね。」

そのウィスコンシンで鎬を削ってきたのは、スティーブ・ストリッカー、J.P.ヘイズ、スキップ・ケンダールら。

■ジェリー・ケリー

「お互い切磋琢磨しあったし、励ましあった中。そのお互い向上しあったことが全員の成功につながったんだと思う。」

プロ入りして差ほど目立つような活躍はなかったケリーだが、97年の全米プロ選手権の時に「人生を変える」出逢いがあった。当時リー・ジャンセンのコーチだったリック・スミスに「助け」を求めたのだ。

■ジェリー・ケリー

「リックにいわれたよ。頼んでくれて良かったって。君のひどいスイングでまあまあの成績をおさめられているということは改善したら本当に上達して一流入りできると思うよってね。」

その成果のおかけが、昨年の全米プロ選手権では最終日に最終組でタイガーと回ったケリー。
結果は4位だったが、世界のトップとのペアリングで名前を世界に知らしめることができた。
そして秋、リノタホ・オープンでは最終日に1打差で首位にいたのにも関わらず、16番でグリーン周りの深いラフから出せず、痛恨のトリプルボギーで優勝をジョン・クックに譲った。
そして先週末、ソニー・オープンで2度目の試練にあった。
同じく1打差の首位で最終日を迎えたジェリー・ケリー、追うのはジョン・クックだった。

■ジェリー・ケリー

「リノタホの苦い想いをもう二度としたくなくてね。絶対にミスしないように気合いが入った。パットがオ思うように入ってくれたおかげだけど、優勝に手が届くところにいて他人に譲るなんて想いはもう二度としたくなかったんだ。」

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