世界が認めた!丸山PGA2勝目!!
USPGA
欧州ではアルゼンチン人が、LPGAではスウェーデン人が、そしてPGAでは日本人が優勝と、ゴルフが国際的なスポーツであることを証明するような週末となった先週末。
中でも丸山茂樹の2勝目はアジア人として初の快挙。
昨年の「グレーター・ミルウォーキー」での優勝を卑下するつもりはないが、やはりB級の試合で、ビギナーズラック的な意味合いが強かったために、今回の超一流が集う「バイロン・ネルソン」でしかもタイガーを3位に従えての優勝はまさに「世界の丸山」誕生の瞬間だった。
PGAでは「笑顔の丸山」で知られている丸山茂樹プロだが、その笑顔が「愛想笑い」ではなく、今回は「真のチャンピオンの笑み」として世界中に受け止められた。
試合そのものは、パーオン率18ホール中10と決して良いプレーだったとは言えない丸山。
しかしタイガーの追い上げなどもの凄いプレッシャーの中、ギリギリのパーゼーブなどで会場を沸かした。
結果は4バーディ・2ボギーの(68)。
2位のベン・クレインやタイガーが(65)をマークして最終日にチャージをかけたが、かろうじてリード2打を守っての逃げ切り優勝だった。
■アーニー・エルス
「彼はすごい努力家だよ。身体も鍛えているし、スイング改善にも力を入れている。素晴らしいスイングの持ち主だ。あのスイングならもっと勝てるよ。」
日本では有名な丸山茂樹も、世界で認識されたのはつい最近。
プロ入りして4年目に日本ツアーでの賞金王になっていたが、この活躍で1998年の「プレジデンツ・カップ」のメンバー入りした時が「初お目見え」。
この時、国際チームを優勝に導く大活躍でかの、ジャック・ニクラウスの目にもとまった。
■ジャック・ニクラウス米国チーム主将(当時)
「丸山の存在は正直驚きだった。あのコースはグリーンが早くて、日本人プロには不向きだと思っていたんだ。
しかし丸山は最高のプレーをした。」
その翌年、1999年に2つの世界ゴルフ選手権大会(マッチプレー選手権で5位タイ、NEC招待で6位)で活躍し、2000年のPGAシード権を獲得。
その2000年、丸山は3度のトップ5入りを含む6度のトップ10入りで日本人として初めて、年間獲得賞金が100万ドルを超えたプレーヤーになった。
またその年の「全米オープン」地区予選時に前代未聞の13アンダーをマーク。
1924年に地区予選が開始されて以来、18ホール試合における最高スコアを樹立させ、PGA界をどよめかせた。
そして、2001年みなさんもご存知、アメリカ期待のルーキーとの一騎打ちを1つ目のプレイオフホールで勝ち、「グレーター・グリーンズボロ」を征した。
その後、少々の低迷時期はあったものの、今回の「バイロン・ネルソン」優勝で、誰もが認めるPGAの一流メンバー入りを果たした丸山、その「笑顔」だけでなく、実力がしっかりと世界中のゴルファーの目に焼き付けられたことだろう。