ゴルフ史に物議?!「引き分け」の数々

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どんなスポーツでも「引き分け」はなんだかスッキリしない、後味の悪さが残るもの。例えば、2002年のメジャーリーグ・オールスター戦が11回までの延長の末、両チームともに投手を欠いてしまったため、引き分けに終わり、スタンドのファンたちからはブーイングの嵐だった。昨年の冬季五輪でもフィギュアスケートの審判に不正疑惑が生じたために、カナダとロシアの両ペアに金メダルが与えられた。
PGAツアー公式戦で「引き分け」があったのは過去に2回だけ。1949年の「モーターシティ・オープン」と1950年の「AT&Tペブルビーチ・プロアマ」は日没のため、引き分けに終わった。欧州PGAツアーでも「引き分け」が2度。1986年の「トロフィー・ランコム」と昨年の「ボルボ・マスターズ」。コリン・モンゴメリーとベルンハルト・ランガーによる2ホールのプレイオフの後、決着がつかないまま日没を迎え、結果は引き分けだった。またその3週間あとにはオーストラリアの「全豪プロ選手権」でもピーター・ロナードとジャロッド・モーズリーが72ホールを終えて引き分けのため、プレイオフに突入。最初は日没までには2ホールほどしか出来ないため、決着が着かなければ翌日に再開としていたが、プレイオフ1ホール分と25分間の審議の末、引き分けとなった。豪州ツアーのメジャー大会が「引き分け」という結果にはグレッグ・ノーマンをはじめ、多くから非難の声があがった。さて、今回の「プレジデンツカップ」はどれだけの物議をかもすのだろうか?

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