またしても2位に泣いたデイビッド・デュバル
プロゴルファー
18番のバーディパットを外さなければ...とは言え、結果的にはタイガーの18番、だめ押しのバーディでいずれにせよ優勝のチャンスはなかったデイビッド・デュバルだが、1998年2位、1999年6位、2000年3位、そして2001年2位と「グリーン・ジャケット」にどうしてもあと一歩届かない。
■1998年
「勝てなかったという落胆の気持ちでいっぱいだ。」
■1999年
「自分で期待してるプレーがれきなかった。」
■2000年
「勝てると思うプレーだったから結果に失望している。」
■2001年
「この状況の中にいるの気分は最悪だ。」
4年連続、バックナインで優勝カップにあと一歩で手が届く位置まで来ていても手にすることがないない、デュバル。
「何度もこの苦みを味わっている。今回こそはとおもったけど、今回も及ばなかった。
(2001年大会後)」
1998年デュバルは後半7ホールのうち5ホールをバーディとし、16番の時点で2位に3打差の首位にたっていた。
しかしその16番で2メートルのパーパットを外し、マーク・オメーラが最終2ホールをバーディとして優勝をかっさらった。
1999年も同じような展開だった。
最終日のチャージで首位に1打差にまで登り詰めたデュバル。
11番で池に入れるミスでダブルボギー。
そしてまたもや16番でアプローチに失敗、ボギー。
2000年は13番で2打目を池に入れ、チャンスを失った。
そして2001年最終日の67というのは素晴らしいスコアであることは間違いないが、タイガーに勝つには65が必要だった。
「自分のプレーに誇りを持っている。
優勝には及ばなかったけど、必要なショットをすべて打てたし、良いプレーをしたと思う。
でも、16番のティーショットの失敗は痛い。
グリーンオーバーして、結果的に致命傷のボギーとなった。また負けたという気持ちは否めないけど、でも勝負には負けても、勝てるプレーはしてきたと思うし、今は優勝したタイガーをお祝いするのが僕の役目だと思うよ。」